僕は生まれた時から刑務所で育ちました。そして20年後やっと出所したのです。

サイトウさん
どうもサイトウさんです。

この記事は前からずっと書こうと思っていたのですが、
ずっと書けないでいました。

昔の自分は幸せになることを拒否していたのですが、なぜそうだったのか?

というところに向き合わなければならなかったからです。

それはどこかというと、

自分の過去です。

 

ほとんどの人は自分の辛かった過去に目を向けるというのはしたくないでしょう。

なぜなら、
人間の脳みそっていうのは、時間軸を理解していないので、
考えたことは過去のことであろうと追体験してしまうわけですよ。

逆に未来のこともそうです。

ずっと不安なことを考えてると、
実際にそれが起きたわけでもないのに、起きたかのようなストレスを体に受けているわけです。

まぁトラウマを追体験するようなことって誰もしたくないじゃないですか。

 

だから、過去と向き合うっていうのは思ったよりもすっげえ億劫になりますね。
嫌なんで。笑

でも、向き合うことにより、自分の成長があるなら、やらずにはいられません。

サイトウさんは成長したがり症候群です。

向き合うことが嫌だとしても、
自分がどういうプロセスを踏んで、幸せを感じられなかったか?
ってことを書くことができれば、

同じような気持ちを抱いてる人に何かしらの変化を与えられるんじゃないかなと思ってます。

あぁ、自分もそれだったわ。
今の現時点でめっちゃ幸せじゃんとか。
うわあーマイナスなところばっかり見てたーとかね。

そんなことに気づくだけでも、じわじわ現実ってのは変わってきます。

ということで、僕が幸せを感じられなかった訳、幼少期の辛い記憶、幸せを感じられるようになった方法などを書いていきたいと思います。

世界は全て敵だらけという価値観。

きっかけは妻の一言でした。

僕が妻と、なんらかの喧嘩をし、仲直りした後、
だいたいなぜその問題が起きたのか?というのを夫婦間で話し合います。

妻がだいたい、それはこういった原因から来てるからこういうアプローチをしていこうとか教えてくれます。

例えば、喧嘩の原因がこんな内容だったとしましょう。

ある経営者と飲むことになって、そこに妻も同席するとなった。
色々話す訳ですけど、妻が僕が話して欲しくない僕の恥ずかしいと思っていたことをベラベラ暴露すると。(実際は大したことじゃない。)

僕はその場では笑って納めますが、飲み会終わって二人っきりになった後怒ったりしました。

サイトウさん
なんであんなこと話すんだよ!恥ずかしいだろ!
えり女王(妻)
いやー別に話したところで、あの人はあなたのこと嫌いにならないし、むしろあなたを立ててるレベルの話だと思いますよ。あのー、なんでそんなことで心が揺さぶられるんですかね?
サイトウさん
うるせーバーカ!
えり女王(妻)
ふー、、、やれやれ
サイトウさん
プンスコプンスコ#

次の日、サイトウさんは謝って、反省会が入ります。

サイトウさん
あの時は取り乱して、大変申し訳ありませんでした。自分の心が狭いばっかりにあんな対応してしまって、本当に恥ずかしく思っております。
えり女王(妻)
私はいいけど、そう思ってしまうユンちゃん自身が可哀想だよねー。常に周りから攻撃されてるって思う訳だよねー。世界が敵なんだね!

そんな状態だと、人に褒められても、楽しい場を作られても、何をしてもらっても自分が攻撃されてるって感じるから、何も幸せじゃないよねー。

えり女王(妻)
あなたは誰にも攻撃されないし、誰にも責められないし、ものすごいできる人なんだから、もっと自信を持ちなよ。
えり女王(妻)
小さい頃どういう生活だったか教えてもらえる?

妻は別に心理学の資格を持っている訳ではありませんが、
実際に心理学専攻してる人並みに知識がありますし、子供の頃から人間観察が趣味というだけあって、ものすごく心の深いところを炙り出してくるのがうまいです。

『あぁ、根源はこっから来てたのか。』とわかったりします。

で、そこから僕は幼少期の話をしていきます。

あなたの家庭は刑務所となんら変わらないよ。

僕が幼少期の話をしたときのことでした。

えり女王(妻)
おうおうおうおう、それはまるで刑務所じゃねーかよ。はんぱねーな。

実際にどんなことが起きたかっていうと、

閉じ込められた話。

暗いところに閉じ込められて、全力で抵抗したのに戻してもらえなかった。ドアを叩きまくって号泣した。これで、僕は暗いところがしばらくダメになった。中学生くらいまで、一人で夜道歩くのも怖かったなー。

おもちゃを捨てられそうになった話。

おもちゃを全て真っ黒のゴミ袋に入れて、捨てられそうになった。泣きながらやめてくださいと親に全力で捕まったがズルズルひきづられた。トーマスとか、ヘンリーとか、線路の上を走らせるおもちゃだったなー。あの時の絶望は忘れられない。

ピアノのカレンダーの話。

ピアノを小さい頃から習い始めた。毎日1回練習してカレンダーにシールを貼っていたんだが、その大事なカレンダーを練習サボったせいで、親に破られ、恫喝される。絶望した。あああああああああああなんでえ、大事なカレンダあああああ破るのおおおお。みたいな感じだ。
習い事ってなんも楽しくねーじゃんって思ったね。

ハチに刺されたのに、なぜかめっちゃ怒られた話。

これは公園での話だ。なんか、大きな滑り台の上で、ミツバチに出会いめっちゃ驚いた。
なんかよく見たら、左手の親指の付け根らへんに刺されてた。

当時は3歳くらいだったので、何が起きたかわからなかった。
左手になんかへんな毛が生えてるなー、なんだこれー!と母親に訪ねた。

そうしたら、蜂じゃない、何やってんのあんた!と怒られた。
なんか僕、ひどい状況になってるはずなのに、なんで怒られてんだろ。と思った。

 

特撮の人の真似をしたら、笑われた話。

僕は昔、ビーファイターが好きだった。ビートルだったかな。
3歳くらいの頃だったと思う。なんかそれの変身グッズを買ってもらった。

母親が寝てて、他に人が誰も家にいなかった時、
『隊長、緊急事態です。』『本部からなんとか要請!』
みたいな、セリフは覚えてないけど、そんなことをぶつくさ言ったのですね。

そうしたら、母親がまだ寝かけだったのか、めっちゃ笑いました。

まぁ親心としては可愛かったのでしょうけど、僕はスッゲー笑われた。こういうことしたらダメなんだ。って思いましたね。

受け止め方極端だけど、3歳だからね。褒めて欲しかったよね。

 

何かしらやらかしてたんだろうけど、とりあえず殴られる。

なんか事あるごとに、頭を殴られてた気がする。パーでもグーでも。何かしら僕もやらかしてるんだと思うんだけどね。説明もなしに殴るなよと。破壊された脳細胞返せよとマジで思う。

学校行く前にボコられた話。

小学校低学年の時に、朝何をしたか覚えてないけど、気に触ることをしたようで、出勤前の父親に頭を思いっきり殴られる。
思いっきり殴られると、人って熱が出るのな!

熱が出て、学校にいけなかった。
母親にも心配されつつ、あんたが悪いのよ。と言われた。
この時から父親にだんだんと殺意が湧いてくる。小さい頃は殺意なんかねーけど、絶対こんな父親にはならねえと思ったね。

字が下手すぎてバカにされた話。

小学生くらいに上がって、僕の字がめちゃくちゃ下手だってことがわかる。
母親にめっちゃ練習させられた。

『ほ』が下手すぎると、バカにされた。

字を書くのが嫌いになった。

 

・計算できなくてものすごく怒られた話。
計算ができなくて、母親になんでこんなこともわかんないの!と恫喝される。
(これはゲームの充電器を1500円で買う時に、父親に2000円で支払いを立て替えてもらっていた。そのときのお釣り500円は僕に渡されているので、父親に2000円で返さなければいけないのだが、お釣りをもらっていることを忘れていて、1500円だけ返せばいいと思っていた。)
それがわからず、家族でもめた。笑 マジでしょうもねえ。 なんでこんなことで揉めなきゃならないんだと思った。

紙に書いて説明でもしてくれりゃあいいだろ。

弟を怪我させた話。

小学校4年くらいの頃、父親が家にいない時に、4歳離れた弟と遊びをしていて、ちょっとした力のはずみで弟を怪我させてしまった。確か唇の端っこが切れて、血が結構出てしまった感じだった。
母親に言って、母親に大きい声で怒鳴られてる最中に父親が帰って来たんだったか、
母親もおらず、父親と一緒に帰って来たのだったか、忘れてしまったけど、
父親にてめえ何やってんだああああああ!と訳も聞いてもらえず、思いっきり頭を殴られた記憶がある。
絶望して、屈した。なんでこんな野郎と一緒に住まなきゃなんねーんだと思った。

間違って起こった事故なんだから、説明くらいさせてくれたっていいじゃねーかよ。

 

外で父親と弟で遊んでる時に起きた話。

これは父親と弟と、家の前で野球して遊んでいた時の話だけど、弟が一旦家に帰り、すぐに戻って来て、僕の立てかけていた自転車のサドルをポンポンと叩いた。

足場が不自然だったんで、自転車は倒れてしまった。

僕は弟がサドルを触ったのが明らかに原因だとわかったので、
弟に、『自転車倒れたんだから直せよ』と言った。

そうしたら、父親がお前の自転車だろ!なんで弟にやらせんだよ!、
僕はそれに対して口答えした。だって、あいつが倒したんだから。と
そうしたら、父親はそんな訳ねーだろてめーと言って、全力でボールをこっちに向かって投げて来た。柔らかいボールとはいえ、大の大人が思いっきり投げて来たら、本当に怖い。
そして、父親が僕に迫って来て、怒鳴りながら殴って来た。

どうやら、父親は弟が自転車のサドルを触ったことに気づいていないようだった。
弟も父親のことは恐れていたので、自分が倒した。とは言わない。

泣きながら、家に戻った。

夕飯の支度をしていた母親に、まーたなんか悪いことしたのか。的なことを言われた。
俺はそんなことしてねえ。と、説明したのにも関わらず、全然味方してくれなかった。

後から、僕がいないところで、父親が弟に対して、お前が倒したのか?的なことを聞いて、
弟はうんと答えたのにも関わらず何も罰はなかった。

ふざけんじゃねーぞ。マジで。全員しね。くらいに思った。
そして、家族の中に自分の居場所がないことを感じた。

 

ゲームの時間の話。

ゲームの時間は低学年の頃は1日30分、高学年は60分っていう決まりがうちにはなぜかあった。
目が悪くなるからだそうだ。まぁ結局、視力0.03まで落ちてるから意味ないんだけどね。笑

ゲームの発売日にゲームを買った時は、特別に追加時間をもらえた。父親にそれを許可してもらえたからだ。確か、ポケモンの金銀だったかな。60分を使い切って、父親に言ったら夜にやっていい的なことを言われた。僕はそれを信じた。

夜に何かしら、父親と母親のいざこざ的なのがあった。その時に、母親が僕に何かしらの同意を求めた。父親ってこういうとこがいやよね。と。 うん、そうだね。的な同意をしていたのが父親に聞かれてたのか知らないけど、その後にゲームやっていい。ってもう一度確認のために聞いたら、そんなことは言ってない。と言われた。

当時は絶望した。父親、言ったよな。確実に夜やっていいと。
今なら、子供に嘘つくなよ。クソヤローが。と思う。だけど、暴力が怖くて、そんなこと言われたら何もできねえよ。こっちは。

 

父親とプールの話。

これも小学校4年くらいかな。
まあうちの親は結構レジャーに連れてってくれたんだ。ここまではいい話だ。休みを削って色々連れてってくれる。いいよね。

家族全員で、大きな温水プールに行くことになった。
人はそこまでおらず、広々遊べる感じだ。

僕は父親と弟と遊んでいた。
3人で水の掛け合いみたいなのをしていて、父親に僕はお腹をつつくちょっかい的なことをだされた。
大体100cmくらいの深さのプールなので、頭がギリ出るくらいだ。

僕はやめて欲しかったので、やめてと言ったのだが、何回かされた。

ただ、水の掛け合いをしながらそんなことが起きるので
水が顔にかかりまくってる。

とりあえず、目の前が見えなかったから、父親に近づいて思いっきり腕をふるった。やめてくれ!と。

そうしたら、その殴った先が、知らないどこかのお父さんに当たったみたいで、
目を開けたら父親がめちゃくちゃ切れてた。

謝れえええええ!どうしてお前はそんなことをするんだ!と。僕にキレてきた。
僕は何が起きたのかわからなかった。
だけど、状況的に、僕はそのどこかのお父さんを殴ったようだった。

とりあえず即効謝ったが、父親に頭を殴られた。
プールに入りながら泣いた。

出た出た、自分の保身。自分がどう見られるかしか考えてないから、すぐ子供を怒る。

そのお父さんは全然大丈夫ですよ。大丈夫ですよ。と言ってるのに、
父親の怒りは収まらない。

ふざけんなよ。とずっとキレている。
父親は母親にも意味わかんねーことしてるよ。こいつが。的な話をする。

母親も不機嫌になる。

なんでこんなに楽しい時間なのに、なんですぐに絶望しなきゃなんねーんだよ。って思う。

 

これら思い出していて、もっとあるはずなんだけど、思い出せない。
最初の30分くらいはピアノの記憶3つまでしか思い出せなかった。

マジで怖い記憶って、思い出せないらしいな。笑

断片的にしか思い出せない。

まぁまとめると、暴力怖い。恫喝怖い。家族の中に居場所がない。だ。

4人家族だけど、俺だけ、はぐれてる感じが終始した。

これは家を出るまでも、家を出てからも変わっていない。

 

妻の見解。

僕は妻に会うまで、これが一般的な家庭の一つだと思っていた。

そうではなかったっぽい。

大体みんな、このくらいの体罰は受け、大きな声を荒げられ育てられてんだなーと思ったら、

そうではなかったっぽい。

妻、曰く、これは刑務所なり。

よく20年間もこんなところで生きてきたね。と言われた。

禁錮20年です。

劣等感はバネにはなったけど、飛び先は全て地獄

刑務所だと言われようが、それが普通だと思ってましたからね。

なんとも思いませんよね。
ただ、憎しみと、怒りと殺意だけは持って生きてきましたね。

だから、金を稼ごうっていう原動力にもなりました。

しかし、結局金を稼いでも、幸せになれませんでした。

それは過去の観念的なものが原因です。

世界は全て敵。

僕の中にはこの観念があったから、僕はお金を稼いでも、何をしてもずっと不安でした。

うおおお、幸せじゃねえ。

ずっと目指してた生活みたいなものをしてるのに、全然幸せじゃねえ。

って感じでした。

 

飛び先をまず変えるためにしたことは?

劣等感というバネを元に、お金を稼ぐということをできたわけだけど、
お金を使って次どこにいくか?は全て不安でしたね。

で、まず世界が敵だって観念が全ての根源だと、妻は思ったようで、

僕に考えの変え方を教えてくれました。

えり女王(妻)
言葉だけで変わるのなら、人は簡単に変わる。
けど、現実はそうじゃない。そんなんで人は変わらないからね。

実際の体験が必要なんだよね。

だから、私はあなたを攻撃しないというのを表現していくよ。
それをあなた自身が自分で感じて見てください。

そう言われてから、正直1、2年はかかりましたね。

この観念が取れるまで。

その過程でもいろんなイベントがありましたが、

ざっくり今の状態になれるまで、1、2年かかってます。

その間、妻は僕の味方でずっといてくれましたし、何が起きても寄り添ってくれたし、一番に褒めてくれたし、愛を向けてくれました。

その過程でも最初は、全然信用できず。

サイトウさん
あー、結局世界はやっぱ敵ばかりですよ。自分は自分を守るので精一杯だわー

って思いつつも、

時間がたつにつれて、

サイトウさん
んー、これが愛ってやつか?まぁ心地悪くはないな・・・。

となり、犬が3匹に増えそうなあたりで、完全に、

サイトウさん
あぁ、これめちゃくちゃ幸せなやつだわ。俺、最高な生活してるわ

ってなりました。

まぁこれって超最近ですね。

今までは幸せかもなー?でしたが、
今はめっちゃ幸せです。

 

僕でいう幸せを感じられない的な話は

自分の根源がどういう観念になってるのか?
それにどうアプローチするか?っていうのが解消していく上で、必要になってくると思います。

僕の場合、見つけてくれたのも妻で、解決してくれたのも妻でした。
全て身体をはってぶつかってくれたので、感謝しかありません。

実際に、そういう状況にない場合は、
認知行動療法っていうのを自分でやっていく必要があります。

マンガでわかる。認知行動療法的な本もあるので、なんかうまくいかないって人は読んでみることをオススメします。

 

最後に全部ぶっ放す。

最初にこの記事をかく理由的なことを綺麗に書いた。

“同じような気持ちを抱いてる人に何かしらの変化を与えられるんじゃないかなと思ってます。”

こんなことを言ったが、正直なところはもっとどす黒い。

 

僕はこれを両親に憎しみをを込めて書きました。

これを両親が読んだ時に、後悔しろ!って思って書きました。

 

『お前らがこんな育て方したから、俺は何十年も苦しんでんだクソ野郎』

って僕は思うわけです。

『ふざけんじゃねええええええええええ』と。

 

今、昔の自分が親に何かを言えるのだったら、

もっと褒めてくれよ。
もっと抱きしめてくれよ。
もっと寄り添ってくれよ。
そんなに殴らないでくれよ。
声を荒げないでくれよ。
味方でいてくれよ。

もっと愛してくれよ。

と言いたい。

本当に、ずっと寂しかった。

 

僕は悲しいかな、両親を尊敬することができません。

本当に欠落してて、まじ痛いなって自分でも思います。

唯一、感謝してるのは飯を食わせてくれたことと、天才に産んでくれたことくらいですかね。ハハッ笑

 

たまに、父親とか尊敬してる人を見ると、異世界の話を聞いてるかのような気持ちになります。

父親?そんけい? どこにそんな要素があるの?

教えて欲しい。って思うわけです。

 

殴ってくるやつを尊敬するってどうやったらできるのでしょうか。

教えてください。

 

母親にも同じく殴ってくるっていう点で同じく尊敬できないですけど、
僕に向き合ってくれなかったっていうのはかなり悲しかったなー。

結局、誰の味方?って言ったら、父親でしょう。

僕の味方じゃないんだよね。

 

両親合わせて、周りからどう見られるか?っていうことしか考えてないから、
子供のことは二の次なんだよね。

ダッセーなー。としか思えないんです。

幸せな家庭ってなんなんだろうなー。

 

まぁ書けば書くほど、色々恨みつらみ出てくるけど、

もうここら辺で蹴りをつけたいと思う。

 

あー、恨みつらみほとんど書いた。

マジでこんなことを晒してる自分をダセーとも思う。

 

でも、全て含んで、それがサイトウさん。

 

これくらい親の育て方って影響が出るんだなって、自分自身で正直驚いてるね。

 

あなたは自分の気持ち閉じ込めたりしてない?

一回、紙とかに全部ぶちまけて見るといいよ。

スッゲー、心が楽になるはずだから。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
サイトウさん
ここまでブログを読んでいただきありがとうございます!
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3 件のコメント

  • 初めまして、こんばんは。

    えり様のブログからこちらを知りました。
    ブログ、共感しました。
    私も両親から躾と称した暴力を受け続けて来ました。でも、意識して思い出そうとしないと、本当に思い出さないものですね。サイトウさんのブログを読んで、まるで自分の幼い時を見ているようだと、少し過去を思い出しました。

    それこそ病院に運ばれるほどの暴力を受けてなかったことは幸いでしたが、毎日、いつ両親の暴力や暴言、蔑みの目にさらされるか、いつ絶望の谷に突き落とされるかとヒヤヒヤしながら生活していました。こんな私の家族を、世間は素敵で理想的な家庭と言います。立派で優しい両親と言います。何が幸せかわからず、生きてるだけで、寝る部屋があるだけで幸せなのだろうと思うようになりました。

    今でも私は、がっかりしたくないので、誰にも期待や信頼をしないようにしています。そもそもガッカリとか思うような上から目線の自分がおこがましく、生意気で、それが親の怒りを買っていたのかなと卑屈に思う時もあります。

    一つ、両親への復讐、私も考えて実行したことがあります。父が三年前にガンで亡くなったのですが、看取りませんでした。父と母が仲を悪くし、父が母を会いに来させなかったのを都合のいい理由にし、家族の中で母だけが父の最後に立ち会えないのは可哀想だから私も立ち会わないと言いました。父と母、両方への復讐です。
    きっとこんなことをしてしまった私の死に際も、ろくなものではないでしょう。

    長くなって申し訳ないです。
    サイトウさんのブログを読んで、自分も過去に向き合おうと思いはじめたら、筆が止まらなくなりました。

    えり様のような、全身で受け止めてくださる方が側にいること、またその様なお方とご結婚されたサイトウさんもえり様と同じく素敵な方なのではないかと思います。
    これからも、ブログ楽しみにしています。

  • 素敵な文章だと思いました。私は派手に暴力振るわれた事は数えるほどで、もしかすると彼らは素晴らしい両親で自分がおかしいのかなと思う時もありますが、世間は敵だと思ってた事、ずっと寂しかった事や親といて安心する事がなかったこと、私の気持ちを大事にしてくれる人に出会った時に感じた不思議な感動など、思い出しました。

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