親が子供を殴って育てると、子供にとって愛された過去は消えるという話。

サイトウさん
どうもサイトウさんです。

今日は親の教育で辛かったことを買いていこうと思う。

僕は親のことが大好きでした。

 

僕自身、もちろんのこと小さい頃は親が大好きだった。

一緒にお祭りに行って、金魚すくいしたり、

家族みんなでスキーに行ったり、旅行に行ったり、おじいちゃん家に行ったり。

そんな感じで、親が大好きだった。

 

さらにいうと、マザコンかってくらい母親のことが好きだった。

母親と何をしても楽しかったし、一緒にいなければ寂しくてしょうがなかった。

これを思い出すだけでも今は辛いけどね。笑

 

父親とも楽しいことあったと思うんだけど、ほぼほぼかき消されて記憶がない。
思い出そうとしてもなんか引き出しが空かない感じだ。

まぁ僕のことははあとで話すとして。

 

どんな子供でもそうだと思うけど、

歳が一桁の頃なんて、大体みんな親が大好きだろう。

壮絶な虐待をされていた子供でも、
なんでそんなことするの?お母さん?って思っていて、ただの疑問でしかないのだ。

itと呼ばれた子という本に確かそんなことが書いてあった。

 

小さい頃の僕も含め、子供というのは体罰を受けると、

『僕はお母さん、お父さんのことが大好きなのに、なんでそんなことするの?辛いよ。』

と子供は思っている。

子供は純粋無垢なのだ。

 

その子供の無垢さに、なんて可愛らしいんだと思うと同時に、親の責任の重大さを感じられる。

初めて怒られた記憶

実際に初めて怒られたのは3歳か4歳くらいの頃だろう。その前にも怒られたのかもしれないが、覚えていない。

何をして怒られたのかは全く覚えていないが、
僕が絶対一人で入りたくない真っ暗な部屋に閉じ込められたのが、最初だったと思う。

殴られたかどうかは忘れたが、もう必死だった。

真っ暗な部屋が怖すぎて、

『ゆでゅしでえええええええ!ごべんなさいいいいい!あけでええええええええ!』

『ぎゃああああああああああああああ!』

と叫んだ記憶がある。

 

思い出すだけで、今でも涙を浮かべてしまう。

あの時は本当に辛かった。

 

親の虐待の程度には関係なく、
こういったことは脳内に今でも残っているのだ。

本当に恐ろしい。

そして、気づかないまま育って親になると、
こういった観念から、自分も子供に対して同じことをしてしまう。

虐待する親の子供がまた虐待してしまうっていうのは必然の流れだ。

 

それがいけないことだって、気づかない。

だから、また過ちを犯してしまう。

 

 

小学生の頃だけど、itと呼ばれた子の本を読んでいて、
作者は親にガスコンロで腕を焼かれてるんだけど、
それを見て、僕は安堵したよね。

ここまで酷くないからウチは大丈夫。と。笑

今なら、『いやいやいや、程度は関係なく、同じくらいひどいよ。逃げていいんだよ。』といってあげられるが、
当時はそんな考えもなかった。

それくらい子供の視野は狭い。

だから、親のことを責められないのだ。
自分の中で何かと理由をつけて、子供は親のことは責めない。

殴られる自分が悪いと思う。

なんでかって、親が大好きだし、優しくされたときのことを覚えているんだから。

 

世界が全て親で染まっている。

幼い頃は”社会”という世界を知らない。

家族というコミュニティだけで生きているのだ。

だから、親が決めたことが法律だし、憲法だ。

子供は力もないから親には抵抗はできない。
だから従うしかない。

そんな中、暴力を受けたら子供はどう思うだろうか?

絶望だ。

だが、絶望しながらも生きていかなければならない。

だから、僕は限りなく、自分を出さずに生きようとした。

しかし。そんなうまく生きれる訳もなく、怒られることは続いた。

もちろん、自分も親に迷惑をかけたりはしてるが、都度言葉で教えて欲しかった。

僕は言葉で教えても理解できないからと殴られた。

意味がわからなかった。

世界は敵ばかり。

どんな理由であろうと、親から暴力を受けると、子供は逃げられない。

そうすると、極端な話。
世界には絶望しかないと思っていく。

その結果こういう思考になっていく。

世界には敵ばかりがいる。

まさに僕自身が持っていた観念だ。

そして、自分を出さないように頑張った。

大人になれば自由になれる。そう思った。

それまで頑張って生きようと。心の奥底では思っていた。

 

僕はあくまで自分を出さないように頑張るだけど、

他にあるとしたら、殴られまいと自分を偽って演じる子供になるかもしれない。

自分の本音を出すと世界が壊れる。

と思った子に育つね。

 

 

心の底から笑えない子になっちゃうだろう。

 

こう考えていくと、親の責任って年齢関係なく重大じゃなかろうか?

 

まだ子を抱えていないのに何を言っているのか?

偉そうに言っているが、まだ僕は子を抱えていない。

何を言ってるんだ?と思う人もいるかもしれないが、
サイトウさんの考えとしては、何も考えずに生むよりマシだと思っている。

だからこそ、今後生まれるであろう子孫についてものすごい思索を巡らす。

僕の子供には絶対に暴力を振るうようなそんな親になって欲しくないから。

子孫が繁栄していくような、子々孫々続けば続くほどいいスパイラルを描ける教育をしてあげたいのだ。

 

僕が妻に出会わず、よくわからない女の子とノリでできちゃった結婚してたら、
多分、親から受け継いだ負の遺産を盛大にぶちまけて、

子供に暴力をふるいまくって、暴力を振るうサイトウさん2号を作っていたよ。

マジで笑えねえ。

 

だから、今子供を育てている人には気づいて欲しいんだ。

叱るという本当の意味を。

 

子供にも自分の意思がある?

そりゃあ自我が芽生えれば、あるでしょう。

意思を持って行動したから、殴っていいと言ったら、それはお門違いだ。

どんな理由があれど、人を殴ること、暴言を吐くことは許されない。

なぜ、自分の子供ならいいのだろうか?

そんな訳はねーだろうが。

体罰を受けると、愛された過去は消える。

小さい頃は体罰されても、子供自身は私が悪い、親は悪くない。親は大好き。って思うけれども。

どんどん社会に交わっていくと、気づいていくんだ。

『あれ?なんかうちの家庭おかしくね?』と。

ただ、それでも逃げ出せないから、日々怒られないように生きる。

でも反抗してしまうから怒られる。みたいなのを繰り返す。

 

中学生くらいの頃からは、もう早く逃げ出したい。

こんな家から出て行きたいと思っていた。

反抗期ってのもあると思うけどね。

 

実際にその頃空想してたのは一人暮らしのことばっかりだ。

そのくらい現実逃避していた。

 

だんだんと体罰を受けていた理不尽さに気づき、親への反抗心が芽生えてくると、親の悪いところしか見えなくなってくる。

『なんで、俺はこんなに殴られなきゃいけないんだ。』

『理不尽すぎるだろ、ふっざけんなよ。親だから殴っていいのかよ。』

『マジで殺そうかな。』

そんな風に思った。

包丁を取り出したこともある。

まぁ、僕が今現在娑婆に普通に生きているということで、実行まではしなかったけど。

このくらい憎しみが湧いてきた。

 

事実、中学の頃に、『このままだと、俺は父親を殺してしまうかもしれない。いや、むしろ殺したい』
とぼろ泣きしながら母親に相談したことがある。

母親が『私が仲を取り持つから』的なことを言っていたけど、僕に寄り添ってくれた記憶はない。

結局は親同士で依存しあってるから、僕に目を向けてくれなかったのだ。

寂しいもんだ。

親を殺してしまうのって、こういう限界まで来て、弾みがついちゃったって感じだと思うよ。
擁護する気は無いけどね。

こんな感じで、僕は過去のよかった記憶がどんどん思い出せなくなっています。

覚えているんだろうけど、引き出しが開かない。

親への憎しみと、親への感謝の矛盾

そこから、僕は親への憎しみと、親への感謝の矛盾に生きづらさを感じて生きてきた。

解消は簡単だった。

親を親だと思わないということ。

えり女王(妻)
親を隣人の一人だと思って見なよ。隣のおばさん、おじさん。どうでもよくなってくるでしょ。

最初は腑に落ちなかったが、妻に出会って2年くらいかかって、
やっと親をそのような目で見えるようになっている。

親だから、大切にしなければならない。
親に感謝しなければならない。

そういう風に純粋に思えるのは、大切に育てられた人だと思うよ。

 

だからと言って、卑屈になるのではなく、
僕はそんなこと超越して、人類を愛して生きたいな。

コンプレックスにまみれた人を救っていくのが使命だなーと勝手に思っている。

 

蛇足ではあるが、僕自身、褒められて育つ家庭があると知ったのは25歳くらいの時だ。

実際に将棋の羽生さんの二人の娘の手紙とか見てると、親を尊敬してるし、めちゃくちゃ感謝してる。

これを見た時衝撃的だった。

どうやったらこんな感情を抱けるのか?と。笑

 

子々孫々繁栄させるにはどうしたらいいのか?(仮説)

こんな僕みたいに親を愛せない、自分を愛せない人間を生み出さない為にも、
僕なりの仮説を後悔する。

ひいては、この子々孫々繁栄していく流れを皆ができれば、国は豊かになるはずだ。

あなたは子供を愛していますか?

あなたは子供に愛を伝えていますか?

愛とはなんなのか?

愛を受けていないと思っている僕がいうのも変ですね。笑

見返りを求めずに力を注ぐということでしょうか?
誰かが言っていたような言葉を持ってきましたが、
実際にこれには同意です。

僕は妻を愛しています。

そこに、見返りはありません。

見返りを求めなくなったという方が正しいかもしれませんね。
(過去は見返りを求めまくってました。これは別で書く。)

 

子供に対して、じゃあ具体的に何をするの?っていうことですが、

何も言わずに抱きしめてあげてください。
それだけで、子供は愛されてるって思うはずです。

あなたは子供に意識を向けていますか?

僕はこの話に結構感動したので、共有する。

何で見たかソースが不明になってしまった。なので、ざっくり流れを書く。

 

小学校高学年の女の子が万引きをしたそうなんだ。

その女の子は捕まり、親が迎えにくることになった。

その女の子は絶対怒られる・・・と震えたそうなんだ。

実際にお母さんがきて、店に謝罪し、そのお母さんが娘にしたことは
『怖かったでしょう。そんなことをさせてしまってごめんね。』と言ったそうだ。

店の人にとっては怒らないから甘い親だなって思うかもしれないけど、
子供にとっては、もう親にこんな思いをさせたくない。裏切りたくないって思うよね。

だから、それ以後非行はしない。

 

普通だったら、親が来て、
『なんでそんなことしたのよー!!!何をしたかわかってるのー!!キーキー!』
+体罰

をしてしまうだろう。

こんなことをされると、子供はまた非行を繰り返す。

ずっと親を困らせるループなのだ。

 

これこそが、子供に意識を向けていますか?ということなんだなと思った。

あなたは子供と同じ目線で話していますか?

頭ごなしに怒っていませんか?

しっかり理由をなんども説明していますか?

一回でわからなかったからと言って、大きな声で怒っていませんか?感情的になっていませんか?

子供は成長レベルによって、思考できることが違います。

だから、思考レベルによって、伝え方を変えなきゃならないんです。

論理的思考とかって、小さい子供はできません。

小さい男の子がいる東大卒のある母親はこういうそうだ。

『レストランでは静かにしてた方がかっこいいよ。』

小さい子供がいるところに行ったらわかるが、
ほとんどの親が静かにしなさい!って言ってキレてる。

そんなんじゃ静かになんねえよ。笑

あなたは子供を褒めていますか?

褒めるって超大事です。

僕は褒められた記憶もあまりありません。

特に父親から。

中学の頃に学年5位の好成績をとっても、嘘じゃねーの?って言われたのは今でも忘れられません。

そのくらい、心に残ってしまうものなのです。

 

褒めてあげてください。

褒めながら抱きしめてあげてください。

 

それだけで救われる子供は沢山いるはずです。

 

ではではこの辺で。

あー、、心と向き合う記事を書くのはしんどいー。笑

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サイトウさん
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